相続トラブル・相続紛争の原因と聞くと、何が思い浮かびますか?
「相続対策をしていなかったことが原因だ。」
そう思われる方も多いのではないでしょうか。たしかに、相続対策をしていなかったことによるトラブルも多いです。しかし、相続対策として遺言を作ったことが原因となって、トラブル・紛争になってしまっていることも比較的多く存在します。
そこで、今回は「遺言を作ってしまったために生じた相続トラブル」のご紹介です。
危険な遺言
とある山田さんの事例—————————————————————————–
都内に住む山田太郎は、結婚して妻と二人で暮らすようになって数年してから、親同士の付き合いがあった菊地さんから借地をした後、その上に自宅を建てた。
山田さんは、子どもがほしいと思っていたが、残念ながら妻との間に子どもはできず、このことや色々なことで行き違いが多くなり、妻と離婚をした。
その後、一人で数十年暮らしていたが、自分も高齢となって相続が気になった。
「両親は他界している。自分には兄弟もいない。子どももいないとなると、自分には相続人がいないことになる。このまま自分が死んでしまったら、自分が住んでいるこの家はどうなるのだろう。そういえば、ここ10年間くらい、隣りの家に住んでいる田中さんが良くしてくれている。彼らに、この自宅建物を譲ることにしよう!」
そう思い、田中さんに、自分が亡くなった場合には自宅を田中さんに譲る話を持ちかけたところ、田中さんも快諾してくれた。
そこで、自分の死後、他人に財産を譲るためには遺言が必要だということを調べて、専門家に相談しに行ったところ、公正証書遺言を勧められた。これを受け公証役場に行き、建物と、敷地に関する借地権を田中さんに遺贈する内容の公正証書遺言を作り、この旨を田中さんにも伝え、田中さんにも遺言書の謄本をお渡しした。
あぁ、これで安心だ。田中さんも喜んでくれるだろう。
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このような遺言、稀に作られていることがあります。
しかし、この遺言は、残念ながら、多くの場合できっと上手くいきません。それどころか、この遺言を作ったがために、田中さんに迷惑がかかってしまう可能性があります。それはなぜでしょうか。
遺贈の性質
それは、今回の遺贈の対象物が、借地権付建物だからです。
当然のことですが、建物を利用するには、建物の敷地の利用権も必要です。
そのため、借地権付建物の遺贈の場合、遺贈を受けた方が建物を利用するには、建物の遺贈を受けるだけでなく、土地の利用権である借地権も遺贈を受けなければいけません。
事前に法律家に相談した山田さんの遺言でも、借地権も遺贈されています。だから大丈夫…とは、法律上はならないのが、今回のトラブルの原因です。
借地権の遺贈とは、簡単にいうと「借地人(土地の借主)が死亡を理由に他人に借地権を贈与すること」をいいます。
たしかに、法律上、財産の贈与は、通常は、所有者・権利者が自由に行うことができるのが原則ですが、借地権や賃借権(借地権は、土地の賃借権)となると、話は違います。
借地権や賃借権の場合、通常、借主が貸主に無断で他人に贈与等をすることが禁止されているからです。
このような借地権・賃借権の性質から、借地権を遺贈する遺言を作り、遺言者(今回の山田さん)が亡くなって遺言の効力が発生し、そのあと、遺贈を受けた方(今回の田中さん)が遺贈を受けることを承諾したとしても、法律上は、その借地権の遺贈は当然には有効になりません。
この遺贈を有効にするためには、遺贈を受けた方(今回の田中さん)が遺贈を受けることを承諾した後、その遺贈を、貸主である地主さん(今回の菊地さん)が承諾する必要があります。そのため、地主さんが遺贈に反対すると、その遺贈は有効にならないのです。
参考記事:トラブル事例を踏まえて考える!弁護士が話す相続問題と相続対策の基本とは?
地主が遺贈を承諾してくれない場合に起きること
よって、遺贈を受けた方としては、まずは地主さんに、遺贈を承諾してもらうよう協議・交渉をすることになります。
そこで地主さんが承諾してくれれば、それでOKです。
しかし、地主さんとしては、慣例にならい、承諾料(遺贈の例はあまり公表等されていないのですが、一般売買の場合、更地価格の約10%が相場と言われています。)の支払いを求めてくるのが通常でしょう(ちなみに、相続により借地権が移転する場合、承諾料の支払いは必要ありません。ひょっとすると、今回のような遺言は、この点を混同した結果作られてしまっているのかもしれません)。
ここで、他人に金銭的負担なく借地権(付建物)を渡したい、という山田さんの遺言の作成目的は実現不可能になります。
もし、田中さんが「借地権を無料で入手すること(そして、その後何らかの形で利益を得ること)」を狙っていたなら「当てが外れて残念でした」ともいえるだけかもしれませんが、山田さんの遺志が反映できないとなると、不憫でなりません。
裁判所を利用して承諾してもらうこともできるが…
なお、地主さんが遺贈を承諾してくれない場合に備えた制度も、借地借家法という法律に用意されています。
裁判所に「(承諾すべきなのに)地主が借地権の遺贈を承諾してくれないため、代わりに許可してほしい」と求める制度です。
この制度を使えば、建物の実質的な利用形態に変更等がないこと等を条件に、裁判所は遺贈を許可してくれます。しかし、裁判所が許可しない場合もありますし、許可する場合でも、先ほどの金額に近い承諾料の支払いを条件とすることが多いです。
しかも、このような場合、弁護士に委任せざるを得ないことが多く、弁護士費用も負担しないといけないことも多いです。
とすると、やはり無償で手に入れることはできない、となってしまいます。
ちなみに、この場合の弁護士費用の目安は以下のとおりです(計算してみると、かなりの額に上ってしまうことが多いです。)。
《借地権紛争に関する弁護士費用の目安(旧日本弁護士連合会報酬基準に準拠)》
土地の時価の2分の1(又はこれより借地権価格が高い場合には借地権価格)×以下の%
時価の2分の1か借地権価格のいずれか高い方 | 着手金 (契約時に発生。成功・不成功に関わらず発生) | 報酬金 (成功報酬。ご依頼が終了した際に発生) |
300万円以下の場合 | 8% | 16% |
300万円を超え、3000万円以下の場合 | (5%+9万円) | (10%+18万円) |
3000万円を超え、3億円以下の場合 | (3%+69万円) | (6%+138万円) |
3億円を超える場合 | (2%+369万円) | (4%+738万円) |
事件内容により30%の範囲内で増減額することができ、それ以上に実態に合わせて変動することもある。なお、着手金の最低額は10万円。いずれも消費税別。 |
怒らせてはいけない
そして、このようなケースでは、どうしても地主との信頼関係が壊れやすいようです(地主さんからしてみると、何の断りもなく贈与された借地権を、法制度により無理やり承諾させられた、ともいえる事態になりやすいからです。)。
そのため、残念ながら、遺贈を承諾してもらった後も上手くいかないことが多くなってしまいます。
よりイメージを持っていただくために、次のことを考えてみてください。
「借地権付建物の遺贈を受けた田中さんは、遺贈を受けた後、その借地や建物を、どのように利用するか?」です。
田中さんは、もともと隣に住んでいます。つまり、自宅はすでに持っています。
このような田中さんは、山田さんから譲り受けた借地権付建物にそのまま住むのでしょうか?(もちろん、そのまま住むこともあるでしょうが)他人が住んでいた築数十年の家にそのまま住む方というのは、一般的には少ないと思います。
となると、そのまま住まない。他人に売る。または転貸する。そこまでいかなくても、大規模リフォームをする又は建て替えてから住む。田中さんが、このような希望を持っても不思議ではないでしょう。
しかし、借地上の建物を売るのも遺贈と同じで、他人に借地権を移さないと利用できません。そのため、先ほどと同様、通常は承諾料が必要になります(更地価格の10%程度が相場でしたね。)。
では転貸ならどうか。転貸も、地主にとっては売買されてしまうのと同様の影響が出かねない等の理由から、無断転貸は原則として禁止されています。そのため、転貸を承諾するよう、地主に求めないと転貸できないことは贈与や売買と同じで、ここでも承諾料が必要になることが多いです(売買の場合よりもデータが少ないのですが、この場合の承諾料の相場は、借地権価格の5%~15%といわれています)。
また、借地権上の建物の大改築や建替えも、多くの場合で、地主の許可なく行えません。そのため、ここでも承諾料が必要になることが多いです(ちなみに、建替えの場合の承諾料の相場は、木造(非堅固建物)であれば、更地価格×2〜5%前後、鉄筋(堅固建物)であれば更地価格×8~12%前後だと言われています。)。
以上のとおり、借地について何か行うためには、地主さんの許可や承諾料の支払いが必要になることが多いです。
そして、このように多額の金銭の支払いが余儀なくされてしまうのでは、山田さん達が借地権の遺贈をする・受けるときに描いていたであろう計画は、まず達成できません。
しかも、今回の田中さんのような経緯で借地権を入手した場合、承諾料の支払いだけでは、通常済みません。今回の田中さんのように地主さんと揉めてしまっては、地主さんとの信頼関係が破壊されてしまうことが多いです。
そのため、おそらく、最初の遺贈を、裁判所を利用して承諾してもらったとしても、その後に処分や利用を試みる都度、地主さんと紛争になってしまう可能性が高いです。
となると、そのことごとくに、先ほどの承諾料に加えて、弁護士費用の支払いが追加され続けていきかねません。のみならず、地主さんと揉めている土地を買ったり、借り受けてくれたりしてくれる人など、そもそも存在するのか、という問題もあります。
この結果、田中さんは、借地権の遺贈を受けたところで、やりたいことは何もできないとなりかねません。
借地権の遺贈をする前に
残念ながら、弁護士のもとに相談にいらっしゃる案件の中には、このようなケースが、まま見られます。では、今回の山田さん、田中さんのようにならないためには、どうすべきだったのでしょうか?
そもそも、今回の地主さんのような方が、弁護士を関与させる程にまで遺贈を承諾し難いのは「自分に黙ってやられていたから」という面が大きいと思います。しかも、遺贈の場合、もともと地主さんと繋がりや関係があった旧借主は死亡してしまっていて、間を取り持つこともできません。
このような面からすると、実は、借地権の遺贈をすることは悪手と言える場合も多いのです。このようなことから、今回のような場合には、そもそも遺贈ではなく生前贈与にしたり、せめて借地権建物を遺贈したことを、地主さんに生前に話しておく。
これらのやり方の方が、借地権を譲り受けられ、その後の利用も上手くいったのではないでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
「遺言を作ったから安心…ではない」
「遺言を作る際には、遺言を作った後に起きることをしっかりと考える必要がある」
ことの一例として把握いただき、資産保全・運用に役立てていただけると嬉しいです。
■執筆者紹介
弁護士 上田 貴之(うえだ たかゆき)
平成29年3月に独立。現在、千代田区にて上田&パートナーズ法律事務所(https://www.up-law.jp/)を営み、離婚や相続・遺言、成年後見等の家事事件のほか、不動産案件、各種損害賠償(士業に対する損害賠償含む)、契約紛争、交通事故等や労働事件、刑事事件、倒産案件等を扱いつつ、企業の顧問弁護士として活動中。